宮崎の離島記
the Records of Island Visits in Miyazaki
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島野浦 Shimanoura
「あ、○谷中学校の方ですか?」
「いえいえ、違いますよ」
延岡市の浦城港から6kmほど北東の沖合に浮かぶ、周囲15.5kmの島・島野浦。この島の、集落の中心からは少し離れた、フェリーの発着場近くにある「U和田海産」という会社の水産加工場でのこと。広くて割と開放的な感じのこの作業場で、島のおばさまがた30〜40人がめざし作りをする光景をさも物珍しそうに1人見学していた私に、めざし作りをしていたうちの1人、40代後半くらいにみえる女性が、声をかけてきました。
どうもこの日、「山と海の交流」というようなテーマで、山間部(歌人・若山牧水の故郷)にある中学校から、生徒たちが社会科見学に来ることになっていたらしいのです。私を引率の先生か何かと思ったのでしょう。
「私は単なる観光客です。福岡から1人で、きのうから島に来ています」
そう答えると、明るく元気なこのおばさんはさらに、福岡のどのへんから来たのかと尋ねてきました。私が福岡市の中央区からだと答えると、
「あ、○○さん。この人福岡の中央区から来たんだってよ。ミサちゃんに紹介したら」
と、近くでめざし作りの作業をしていた、もう少し年配に見える別のおばさんに声をかけていきました。聞けば、この声をかけられたほうの年配女性には「ミサさん」という娘さんがおり、福岡で1人暮らしをしているといいます。現在26歳だそうで、そろそろお婿さんを探さねばと気をもんでいるのだそうです。私は独身ではありますが、見た目ほど若いわけではありません。「ミサさん」とは、年が一回り違います。苦笑しながらそれはやんわりとかわし、さっきから積極的にいろいろと話しかけてくれるおばさんに、めざし作りについてちょっと説明してもらいました。
フェリー発着場近くにあるU和田海産の加工場で、めざし作りに精を出す島民たち
そのうちに、本当に坪○中学校の生徒たちがやってきました。15人ばかりの子供たちに、引率の先生が4人。さっきの元気なおばさんが、ここでのめざし作りの工程を、順を追って分かりやすく説明していきます。私も便乗して、聞かせてもらいました。
今めざしにしている魚は、小型のカタクチイワシ。6月も下旬にさしかかった今が一番忙しい季節で、現在ひと月に30日働いているといいます。木枠に並べられていくカタクチイワシの串刺し、これを乾燥させてめざしとして仕上げる機械なども、生徒たちに交じって特別に見せてもらえました。工程説明のラストで、箱詰めにされた完成品のめざしを前に、おばさんが声を張り上げます。
「ここで出来上がっためざしは、日本中に出荷され、コンビニなどで並べられていま〜す。こんな小さな島ですが、商品は全国区なんですよ〜」
中学生一行が去った後にも、青森からの見学者だという大人が20人ほどやってきて、さっと見て回り、去っていきました。何となくまだこの場に残っていて、作業に見入っていた私も、そろそろおいとましようかと思ったそのときでした。
「お兄さん、あなた昼食はどうなさります? この島は、飲食店が『た○そう』しかありませんけど、お弁当などもってきてないですよね?」
さっきの、説明役を務めていたおばさんです。
「えぇ。きのうから『たにそ○』さんに宿泊しているので、戻って食べようかと思っているんですが……」
私が返事をすると、
「何もありませんし、ご飯も温め直したものになりますけど、よければうちに来ませんか?」
単なる一介のやじ馬に、なんと親切な申し出でしょう。時刻は午前11時40分ほど。ありがたく、受けさせてもらうことにしました。
正午前に、おばさんの運転する軽乗用車に乗せてもらい、自宅まで連れていってもらいます。家は、私が泊まっている民宿「たに○う」のすぐ斜めくらいのところにある、なかなか立派な一戸建てで、表札には「U和田」とありました。さっきの加工場と同じ名前。この女性はどうも、経営者の家の人のようです。玄関から入り、ダイニングキッチンへ案内されました。
「この島の家には、キッチンが屋内と屋外の2つあるのよ」
おばさんがキッチン奥の扉を開けると、そこにはもう1つの調理場がありました。魚が豊富にとれる島、焼き魚を作るときは、煙を避けるため、最初から屋外で焼くようにしているようです。
「何もないけど、ぱっと作るからね。みんないつもこうして、昼時には帰って簡単な昼食をとるのよ」
おばさんは、手際よくご飯を温め、冷蔵庫から取り出した魚を使って、調理を始めました。やがてご主人も姿を見せ、ダイニングキッチンに入ってきました。
「あ、どうも。おじゃましています」
私のあいさつに、だまって手を挙げ返します。陽気な奥さんとは対照的に、朴訥とした感じの人でした。2人して、奥さんの手料理を待ちます。出来上がってきたのは、焼いたカワハギに、シイラのステーキ。カワハギは身が純白で美しく、シイラは実によく脂が乗っていました。
昼食を食べ終わると、ご主人は畳のリビングへと移っていきました。奥さんはダイニングキッチンで、客人の私にいろいろとこの家について話してくれます。もともとは奥さんが、この家の娘であるようです。島をすでに出ていってしまった息子さんが2人おり、兵庫にいるという長男に、6日前に初孫となる女の子が生まれ、なぜか小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)にちなんで、八雲ちゃんと名付けたといいます。また妹御さんは、はるかフランスに、カーン大学の教授をしているフランス人考古学者と結婚して住んでいるとか。妹婿である教授氏の専攻は、ローマ時代の北アフリカ・ベルベル人で、研究対象地域であるマグレブにもよく足を運ぶそうです。以前アルジェリアに行ったときには、妹さんもろとも現地政府に拘束されたりしたこともあるといいます。
「マグレブですか……さすがにアルジェリアには行ったことありませんが、隣のチュニジアなら昨年(2006年)行きましたよ。カルタゴ博物館とかで、あの時代の遺物をいろいろ見てきましたけど……」
私がこう言うと、おばさんが反応しました。
「あ、あなた。この人、○○○○(←妹婿さんの名前らしい)のやっていること、少し分かるんだって」
おばさんはご主人にこう言うと、リビングの本棚の奥から、妹婿さんの著書だというフランス語の専門書を持ってきました。残念ながら、私にフランス語は分かりません。本のタイトルになっている単語くらいなら、英語とも共通の語源の言葉なので、だいたい意味は察することができましたが。
ふりの客である私が来ているこの家、妹さんがそのフランス人教授を連れて里帰りしたこともあるそうです。また、妹さんの子供たちが、ロシア人の友人を連れて訪ねてきたこともあったといいます。
「ほんと、日本語も分からんのに、よくここまで来たよねぇ……」
「ロシア人のお友達ですか。ロシア語であれば、私少し心得がありますし、なんとかなるんですが……」
島に始まり、ヨーロッパへ、北アフリカへ、話は弾んでいきました。
宮崎県の片隅にある小さな島・島野浦。ローカルな島なのですが、ここにはメキシコ女王伝説のような壮大な話も伝わっています(詳しくは島野浦公式ウェブサイトまで)。また、特産品であるめざしは全国区です。そして、その作り手の血脈は海を越え、はるかヨーロッパまで広がっていました。
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