岡山の離島記
the Records of Island Visits in Okayama
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犬島 Inujima
「あんた、岡山から来なすったかね?」
「あ、いえ。福岡です」
「ふ、福岡かね……」
岡山市の東。西大寺の沖に浮かぶ瀬戸内の島・犬島。ここのキャンプ場で出会った、島で最も若いという65歳のおじいさんは、私の居住地を聞いてちょっとびっくりしていました。
その昔、明治から大正にかけて稼働していた銅の精錬工場跡があり、今に残るその煙突がシンボルとなっているこの島。私は渡船で北東にある港に上陸してから、前方に見える煙突は後回しにしてまずは右手の道をとり、反時計回りに進んで、犬島自然の家、菅原道真をまつった天満宮のわきを抜け、島南側のこのキャンプ場へとやって来たのです。ここはこぎれいに整備された空間で、モニュメントも建っています。にぎわう夏もすでに過ぎ、人影はまばら。いかにも旅行者然とした格好で、1人で管理棟のほうへ迷い込んできた私に、自販機前のベンチに腰掛けていたこのおじいさんが、「こっちへ来て休んでいきなされ」と声をかけてきたのでした。
「この島は、古くから石切りで栄えての。古くは岡山城や大阪城で石垣に使われた『犬島みかげ』という良質の花崗岩が、ここから切り出されていったんよ。それ、あんたも歩いてくる途中に、小さな沼があるのをいくつか見たじゃろ。あれは、石を切り出したあとのくぼ地に、水がたまったもんよ。ほれ、このキャンプ場の裏手にもあるがな」
おじいさんは、そう言って立ち上がり、このキャンプ場管理棟のすぐ裏、金網が張られている先を指差しました。一緒にちょっと近づいてみます。確かに、来る途中にもいくつか見かけた小さな池でした。快晴のこの日、地球温暖化の影響か、10月に入ったというのにまだまだ気温は高く、麦わら帽をかぶっていたおじいさんは、再び管理棟の屋根の下へと戻り、ベンチに腰掛けました。
「石切りが盛んだったころには、この島には1000人ほどもおったかな。今はほれ、その先で1社が細々とやっているだけじゃ。人口も70人ほどになってしもうた。『犬島自然の家』は、わしも出た島の小中学校の跡地に作られた施設よ。子供はもうおらんくなってしまったけな。ほれ、あちらが石切り場じゃ」
そう言っておじいさんが指した場所は、このキャンプ場の西側でした。私がここへたどりつくまでに歩いてきた方角でしたが、石切り場は私が歩いた道よりさらに奥のほうにあったようです。ここに置かれていたキャンプ場のパンフレットを手に取り、その中に描かれていた地図で、周囲3.6kmの小さなこの島の全貌を確認します。さきほど聞いた通り、島のあそこそこに、石を採取した跡に水がたまったものだという、小さな池の青い模様が数多く描かれていました。
「漁業かの? 巻きのりを作っている家が1軒、魚を取っている家が1軒あるだけじゃ」
この島は、漁業の島では全くないようです。石材業が下火になってしまうと、若い人の従事する産業がなくなってしまったのでしょう。そのため、65歳で最年少という極端な高齢化集落になったようです。
「精錬工場のすぐ沖にある無人島が沖鼓島。沖合、割と近くに見える大きな島が、『24の瞳』で有名な小豆島、その隣に見えるのが豊島、さらにその隣が直島じゃ」
ここは岡山県だという印象が強かったのですが、瀬戸内海をはさんで、香川県に属する島々もすぐ目の前です。まだ香川県内に足を踏み入れたことのない私。そのうち、行ってみなければなりますまい。
いろいろと教えてもらったおじいさんと別れ、まずは来た道を少し戻って、石切り場のほうへと向かいます。少し歩くと重機が数台見え、その先へ少し歩くと、切り出され、適度な大きさに砕かれた犬島みかげが山のように積んであるところに出ました。これはなかなか壮観です。ここは島の北西部。隣接した小島「犬ノ島」が目の前にあり、ここにも菅原道真公をまつる鳥居が建てられています。この犬ノ島には住民はいませんが、全体がとある会社の持ち物になっており、都市ガスににおいをつける作業を昼夜3交代制でやっているのだそうです。
さて、再びキャンプ場のほうへ戻り、最後にこの島のハイライト、銅の精錬工場跡の煙突のほうへと向かいます。さっきのおじいさんが、また手を振って声をかけてきました。最後にあいさつして通り過ぎ、しばらく歩くと、どうやら精錬工場跡の敷地に入ったようです。
犬島に残る明治末期〜大正初めの銅精錬工場の廃墟。
岡山の会社が敷地を買い取り、美物館とするための整備が進む
昭和に入ってからは完全に見捨てられて廃墟になっていた工場。残された巨大な煙突群計6本と、レンガ造りのような壁の残骸とが、日がかなり傾いた秋空の中、物悲しげにたたずんでいます。私は、今回の旅行でお役御免にしようと思っていたフィルム式一眼レフカメラの、残り少ないフィルムのコマを使って、この風景を収めました。なんとなく、10年ほども使ってきたこのカメラの終焉の地としてもふさわしいような気がしました。
静かにたたずむ廃墟。しかし、さっきのおじいさんが言っていました。私も聞いたことがあるような気がします。岡山市に本社を置く、教育や介護などの事業を手がける会社「ベネッ○コーポレーション」が、昨年末にここを買い取り、この工場跡を美術館に改装中だというのです。○ネッセは、目の前に見える香川県・直島にも「文化村」というレクリエーションゾーンを作っているといいます。ここもまた、その事業の一環なのでありましょう。
ベ○ッセに委託された業者でしょうか、工場跡の近くにはフェリーが接岸していて、そこからトラックやタンクローリーが上陸していました。4、5人の土木作業員の姿も見えます。「ベ○ッセ美術館」として、廃墟は生まれ変わりつつあるのです。私がこの島を訪れたのは、80年以上打ち捨てられていた廃墟を、廃墟としてそのまま見ることのできる、最後の貴重な期間だったようです。
「ベネ○セ美術館」がオープンするのは、明くる2008年の4月だといいます。今から半年の後、この島の風景は、どのように変わっているのでしょう。そして、65歳が最年少だというこの島の人たちの営みは、10年、20年後にはどのようになっているのでしょう。
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