首都あちこち

Capital here and there

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鹿児島市 Kagoshima City

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東京都世田谷区 Setagaya District

 東京事務所に転勤になった親が、1986年4月から住んでいたのがここ。1988年2月、高校を卒業した私が合流し、大学には入れなかったので主に予備校時代を送りました。もともと不活性な人間であるうえに、そういう事情もあり、 それほど外出もしませんでした。そのため、あまりこの近辺のことはよく知りませんが、東急東横線祐天寺駅から歩いて15分ほどのところにあり、三軒茶屋、碑文谷も近いこの場所は、住宅地としてかなり上位にランクされる場所のようです。 進学校として全国的に有名な東京学芸大付属高も近くにあります。
 ちなみに字名は「下馬」。近くにはもちろん「上馬」もあり、弟の通っていた小、中学校はそれぞれ「駒繋小学校」「駒留中学校」と、地名は馬づくしでした。


東京都日野市 Hino City

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東京都中野区 Nakano District

 学生時代の末期から1年3か月ほど住んだのがここ。JR/営団地下鉄中野駅から、サンプラザのある北側の方へ出て、徒歩15分の野方1丁目というところでした。
 中野は、新宿まで快速電車でわずかに7分。かなりの都会なのですが、商店街サンモールも過ぎてしばらく行けば、狭い路地が縦横に走り、古ぼけたアパートが建ち並ぶ、一昔前の住宅街といった雰囲気になってきます。 野方はそんなところで、近くには警察学校や、後に有名になったオウム真理教病院などがありました。
 住居は築30年、日当たり劣悪な木賃アパート「ふくとみ荘」。窓は木枠ですし、もちろん風呂もついていませんでした。 しかし、それはそれなりに快適でした。歩いて6、7分のサンモールに出かければ、食品から生活用品、書籍まで何でもそろいましたし、近くの銭湯「昭和湯」は、外見はオンボロですが、内部は完全に改装されていて美しく、 大きな湯船でゆったりとくつろぐことができました。
 「ふくとみ荘」や、あのあたりに結構あった木賃アパートは、今も残っているのでしょうか。


北九州市 Kitakyushu City

 斜陽化が進む古き工業都市。人口100万人割れも目前で、以前はあったという活気は、年を経るごとに失われていくようです。かなり強調しすぎているかもしれませんが、その“実態”を、以下のテーマでお送りします。
北九州概説――4つの特色
北九州市の成り立ち、及びその特徴について
北九州交通事情
もしも、北九州で交通事故を起こしたりしたら……


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